連絡先を渡さずんば虎児を得ず

 

えっと、これは全然自慢とかじゃなしに、普通の悩みごとでして、

共感してくれるひともいっぱいおるだろうなぁと思うんだけど、

そこそこの頻度で、男のひとから、

電話番号やメールアドレスやLINEのIDが書かれた紙をもらうだー。

 

もう、タウンページの編纂とかね、

ちょっと携われるんじゃないのってくらいの電話番号が集まってる。

量だけ見れば、投資信託に乗り出せそうなくらいプールしてる。

 

それに関して。

まず、あのね?紙渡されるたびに心配になるんだけどね?

みんな大丈夫なの?

見知らぬ女の子に個人情報を一方的に握らせていいの?

わたしが悪いひとだったらどうするの?

悪意の赴くまま、勝手にメルマガとか登録しちゃうかもしれないけどいいの?

 

知らないひとに電話番号渡したって言ったら、

お父さんお母さん担任の先生に怒られるんじゃないの? 

ちょっとでも可愛いなと思う子がいたら否が応でも電話番号を渡しなさい、みたいな

少々エネルギッシュすぎる感じのオルタナティブ教育されてきたの?

大丈夫?それ先進国の教育として大丈夫? 

 

ほんとなぁ、心配になるっちゃ。 

なぜ人は電話番号の書かれた紙を渡すのだろう…

みたいな哲学的境地に達しつつすらある。

最終的には、紙渡してきたひと

全員集めてのグループディスカッションも辞さない所存。

ほんと一回、話し合いを設けたい。 

 

しかも、なんかこう、みんなね、割と牧歌的っつーか、

フランクなテンションで紙、渡してくるのね。

名刺代わりにと言わんばかりに名刺同然のデータが記載された紙片を寄越してくる。 

油断も隙もあったもんじゃあない。

 

一応もらうまではいいとしても、

鷹は飢えても穂を摘まずをモットーとするわたしとしては、

 一回もご連絡差し上げたことないし。

ほんで今ね、あらためて机の上に

これまでもらった紙を並べて、途方に暮れとるだん。

 

これの主な使い道としては、いざというとき上手いこと連絡網を組み上げて、

わたしが諸手を挙げて「オラに元気を分けてくれ」の号令一下、

ヤワな木造平屋なら軽く半壊させられるレベルの元気玉をこしらえて

ナメック星のピンチに颯爽と駆けつけるくらいしかない気がする。

実際、そんな非実用的な空想に思いを馳せるくらいしかない気がする。

 

なにより問題なのは、これ、捨てるに捨てれんだぁー。

ひとつひとつの紙の後ろにぼんやり人物像が見えてしまう。一個一個が聖骸布

本当ぼんやりしてて、画素数とかだいぶ少ないけど、

確実に何らかのキリストが宿っちゃってるし、

有無を言わさずそんな十字架を背負わされるのが

若干鬱陶しくなってきたのも事実で。

 

てか、紙渡されたって普通に困るんよなぁー。

仮にわたしが古紙回収業者だとしてもね、手渡しされたって当然困るわけで。

いずれ連絡先の書かれた紙に混じって、何らかの請求書とか借金手形とか

そういう特殊能力付きの紙を渡されても気にも留めずに

暢気に微笑みながら受け取ってしまいかねない。引導をも渡されかねない。

出会い厨と多重債務者に完全包囲されてると気付いたときには後の祭りである。 

 

それは本格的にやばい。

ゆゆしすぎるほどゆゆしき問題。

どうせなら採れたての野菜とか握りたてのお寿司とかを渡してほしい。

そしたらゆゆしくないのにね。美味しいのにね。

 

わたしだって最初は殿方から

連絡先を頂戴するたびに、

ロマンスの神様この人でしょうか…」つって逐一エロイムエッサイムしとったけど、

最近はそのロマンスの神様からの圧倒的寵愛に

ありがた迷惑しとるわけで。

 

毎朝祝詞を上げて拝んでたロマンスの神棚を

いよいよ仏間の壁から引き剥がすことも

視野に入れんといけんようになってきたかもしれん。 

もらったロマンスの紙もロマンスの神社に持って行って、

ロマンスの神主に丁寧にお焚き上げ供養してもらいたい。

ゲレンデを焼き払って近未来SFみたいな荒野に変えてもらいたい。

 

ロマンスの神は死んだ。

そして死んだままだ。我々が殺したのだ。

度一切苦厄。なむーっ。