冷やし中華のはじまりと終点

 

キライな食べ物。

って、子どもの頃から全然ないの。ないんだけどね。

昔からどーしても苦手で、

不思議と食べられないものってのがある。

それが、冷やし中華

 

んーと、そうだなぁ。

いや、たとえば、サンドイッチとかあるじゃない?

ハムとかトマトとかキュウリとかがゲートガーディアンかってくらい挟んであるやつ。

今朝、通勤ラッシュ時の天王寺駅関空快速に乗ったら満員で

ホームに押し出されそうになったとき自動ドアに思いっきり脚挟まれたけど、

あれくらいのパワフルさで具材がぎゅっと挟んであるやつ。

 

サンドイッチはさ、全然いける。超すき。

通勤ラッシュ時にサンドイッチをくわえながら遅刻遅刻~!つって

関空快速に駆け込み乗車して脚を挟まれたいくらいにはすき。

 

んー、あとは、ラーメンとかさー、

同世代でも、一人で食べに行けない系女子とか多いけど、その点はもう全然大丈夫。

割と早食いだからむしろツーマンセル以上では行きたくない。

もやしとか海苔とか煮卵とか、JR総武線の乗車率に匹敵するレベルでトッピングする。

ラーメンはサイコー。超すき。

天一の年間パスポートが売ってたら前日の夜から並んででも買うくらいすき。  

 

そんな文字通りのサンドウィッチマンラーメンウォーカーを拝命するわたしが、

ほんと、理由はよくわかんないんだけど、

唯一、なぜか本能的に食べられないのが、冷やし中華

 

冷やし中華(ここでいう『冷やし中華』とは、細かく刻んだハムときゅうりと錦糸卵、

輪切りのトマトと茹でもやしが生の中華麺上に等間隔を守って置かれ、きざみ海苔が

その中央に適量散らされたものが、めんつゆ+ごま油あるいは専用のタレに

浸っているもの/状態を指すことを共通認識事項として提唱しておく)が最強に苦手。

 

中華を冷やしたのが、冷やし中華、と。

なるほどね。

いや冷やしたの誰?

って話でしょ。

 

関空サンドでいいじゃんよー。総武線ラーメンでいいじゃんよー。

具っつーか、乗務員の内訳、ほとんど一緒じゃんかよー。

なんでわざわざ中華冷やしちゃったかなぁ。ばかー。

冷房、効かせすぎだっつーの。クールビズが過ぎるっつーの。

 

つっても、冷やしてるか否かってのは、たぶんそんなに問題じゃないだん。 

実際、おそうめんや韓国冷麺は普通に食べれるし、

冷やし中華をチンしたところでトラウマがこじれるだけな気がする。

あったかいビーフシチューをシャーベットにしたって絶対食べれないのと一緒。

じゃあ一体何がだめなのよってことになるけど、

それが冷やし中華だけにサッパリ分からない(上手くないし美味くない)。

 

たしかに中華麺を生で食べるっつーアクロバットにはちょっと嫌悪感あるけど、

直接的な原因はそれじゃないような気がするだぁー。 

ほんと、早急に理由を突き止めて、

食べれるようになりたいと切に願ってる。 

ずっと努力はしてるの。

 

夏がくるとね、やっぱりどうしても冷やし中華が始まりがちになるし。

毎年毎年、ボジョレー解禁!みたいなテンションで

冷やし中華はじめました!って言われるのは結構キツい。

 

第一、わたしが冷やし中華を食べられないことが引き金となって、

将来的に大問題へと発展するケースだって

大いに考えられるわけで。

たとえば。

 

二十台半ばでね、結婚も視野に入れてるような彼氏ができたとするじゃない。

んで、ちょうど交際二年目の記念日に、

高級ホテルの最上階のレストランでね、

シティービューの窓から市街地の夜景を眺めながら

ボジョレーをがぶ飲みしてうっとりしてるとするじゃない。

 

二人きりで記念日を祝う、優雅なひととき。

そこに、彼がオーダーしたコース料理のディナーが運ばれてくる。

それの一品目が冷やし中華だったら、まず間違いなく絶叫すると思う。

 

もうね、オードブルの時点で普通に詰むわけ。

そんで、彼氏は何にも言わずにニコニコしてるけど、

実は中華麺の中にピンポン球大の白い二枚貝が埋まってて、それを開けると

お給金三ヶ月分相当のエンゲージリングが入ってるって寸法なのね。

 

冷やし中華もさすがに一流品だからさ、

松茸とかオマール海老とかが乗っちゃったりしてね。 

もうね、わたしがミニパトの婦警さんだったら思わず駐禁切っちゃうぞってくらい

豪勢なエビが鎮座なさってるわけ。

 

んで、ここぞとばかりにソムリエが、

「こちらの松茸とオマール海老は先ほど空輸で届いたばかりの新鮮な…」つって

意気揚々とレクチャーしはじめるんだけど、

たとえエビが生きていようがキノコが茂っていようが

結局ベースは冷やし中華だから、ぜんぜん箸が進まないわけ。

噂のオマールの野郎をね、ちょいとつまんでみたりもするけど、

やっぱどうにも食べられない。

 

そんで、彼氏もたぶん結婚を申し込む段になって

多少ナーバスになっとるけぇ、

普段より猜疑的になって、いろいろ考えちゃうわけよ。

 

「あれ、何で食べないのかな、食べ物の好き嫌いはないって聞いてたんだけどな、

もしかしてほんとはイチローばりの偏食家なのかな、偏食界のイチローなのかな、

オマールばっか食べやがって、海老で鯛を釣るどころかとんだアバズレ釣ろうとしてたぜ、

海老でピラニア釣り上げてたまるかよ、骨の髄まで食い尽くされるわ、

よく見たらこいつチビだし貧乳だし中卒じゃねーか、ご飯にオキアミかけて啜っとれや」

つってね、もう、富士急ハイランドで言うとドドンパ並みのスピードで

マリッジブルーの暗黒面へと直滑降で堕ちていく。

 

そんな彼氏からの冷ややかな熱視線と

冷やし中華が放つ無言の重圧に板ばさみにされて

さながらサンドイッチ状態で肩身の狭い思いをしてると、

わたしも徐々に疑心暗鬼になってくるわけです。

 

「やー、どうしよう…めっちゃこっちみてる…ツタンカーメン王ばりにガン見してきてる…

怖いなぁー、大体このタイミングで冷やし中華とかち合うかよ、空気読んでよ、

食べれないっての、それからこの貝殻、どうせ指輪とか入ってんだろうけどさぁ、

もっと上手くカモフラせいよ、麺の隙間から終始ちょっと見切れてるっつーの、

オマールの脇からずっと貝殻のぞいてて、ちょっとしたポロリみたくなってるっての、

凄まじい存在感だっての、こんなサプライズも中途半端にしかできんような

サプライ品男と結婚してもいいものか…」つっていよいよ思い悩みはじめる。

 

次第に二人の間に秋風が吹きはじめる。 

ソムリエも冷や汗をかきはじめる。

そうなれば電撃破局の稲妻に打たれるのも時間の問題なわけ。

この一部始終がありありと目に浮かぶ。

完全にゆゆしき問題。

 

ほんと、わたしが何かの間違いで厚生労働大臣になったら、

食品衛生法あたりをバレないようにこっそり書き換えて、

中華を冷やしたひとは懲役にするし、

注文したら懲役にするし、食べ終ったら懲役にするし、

冷やし中華を出すような違法飲食店は軒並み業務停止命令+懲役にする。

 

毎年欠かさず、夏はやってくる。四季のスタメン、各駅停車でやってくる。

夏が終れば秋が来て、冬を越したら春になり、

新幹線並みの速さで婚期が遠のいていく。乗り過ごしてゆく。

夜汽車に乗り損なった花嫁が行き着く終着駅は、果たしてどこであるか。 

 

冷やし中華を一向に克服できないまま、

彼氏いない歴だけが中華麺のように、音もなくじわじわと伸びていく。

そんなことを考えながらわたしは、今日も一人、ラーメン屋の暖簾をくぐる。